旧蹴上発電所の建物

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この建物は、明治45年、第2次疎水工事と共に、京都市によって施工完成を
みた,第2次蹴上発電所のである。発電機は5台をおき、5MWの出力で
昭和11年まで運転され、現在の蹴上発電所の完成と共に廃止された。
昭和27年に京都大学が京都市より借用し、 原子核科学研究施設が設置された。
 旧蹴上発電所正面には、「亮天功」の 石額がかかげてあり、
多くの先輩たちがこれをみあげて研究にいそしんだ。
この石額の縮小複製を作ることを京都市の好意で認めていただき、
記念として新しいイオン線形加速器実験棟の玄関前庭においた。

天功(てんこう)を亮(たす)くとは書経にある瞬帝の言葉。
中国古代の聖天子とよばれた瞬帝の勅語の一節である。
この額があるので、発電所廃止後も建物が保存された由である。


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